「支持基底面」「運動連鎖」「カウンターウエイト」——私たちが動作分析で日常的に使うこれらの視点を、体系として最初にまとめ上げた理学療法士がいます。本記事では、クライン・フォーゲルバッハの機能的運動学の基本概念を整理し、片麻痺の動作分析にどう活かせるかまでを見ていきます。
提唱者と理論——理学療法士が作った「動作の共通言語」
スザンネ・クライン・フォーゲルバッハ(Susanne Klein-Vogelbach、1909-1996)は、スイス・バーゼルの理学療法士です。彼女が築いた機能的運動学(FBL:Funktionelle Bewegungslehre、英語では Functional Kinetics)は、健常な動作の観察から出発し、動作を分析・記述するための共通言語を与える理論体系で、1979年にはこの功績によりバーゼル大学から名誉博士号を授与されています。
なお本記事は、FBLの原典を逐語的に紹介するものではなく、佐藤房郎氏らが中枢神経障害の動作分析で用いてきた視点(運動連鎖障害として動作を読む枠組み)を踏まえて、臨床に応用しやすい形で整理したものです。
FBLの出発点はシンプルです。身体を5つの体節(頭部・胸郭・骨盤・上肢・下肢)に分け、重力環境のなかで各体節がどのように役割を分担し、連鎖しながら動作を作るかを観察する。以下の6つの概念は、その観察のための道具です。
6つの基本概念
1. 支持機能(Supporting Function)
身体の一部が支持基底面に接し、床反力を受けながら運動連鎖を安定させる機能です。すべての関節が適切な位置にあることで効率的に発揮され、余分な動作を制限することが重要になります。
上下肢の支持機能では、手部や足部にかかる受動的な応力を打ち消す、回旋方向の運動制御が鍵となります。治療では、手部・足部の可動性を確保し、空間定位や運動知覚を促しながら筋力強化を行うことが求められます。
2. パーキングファンクション(Parking Function)
身体の一部が特定の位置に留まり、安定した姿勢を保つ機能です。動作を行う前提としてのポジショニングに関わります。
例えば片麻痺の患者さんが端座位をとるとき、骨盤が後傾した非対称な姿勢になりがちです。この状態では下肢の支持機能が働きにくく、体幹を前傾させても骨盤後傾が残るため、下肢が支持機能へ移行できません。外見上のアライメントが整っていても、筋緊張の準備が不十分であれば、動き出した瞬間にアライメントは崩れます。動作の準備として筋緊張を整えることの重要性を、この概念は教えてくれます。
なお、この「動作に先立つ筋緊張の準備」という考え方は、近年の運動制御研究でいう先行随伴性姿勢調節(APA)に通じるものです。APA自体はクライン・フォーゲルバッハの用語ではありませんが、FBLが観察から捉えてきた動作準備の現象を、現代の運動制御学はAPAという概念で説明しています。
3. テンタクル活動(Tentacle Activity)
体節が支持面から離れて、空間のなかを自由に動く活動です。比較的軽い体節が移動するのが特徴で、開放性運動連鎖(open kinetic chain)として理解できる活動です。リーチのように手足を空間で動かす場面が典型で、起き上がりのような動作では、支持面から離れた頭部や四肢の動きがこれにあたります。
このとき重要なのは、動く側ではなく、支持点の側が安定していることです。運動発達でも、支持基底面に留まる機能がまず獲得され、そのうえでテンタクル活動が主体の動作が発達していきます。
4. ブリッジ活動(Bridging Activity)
複数の支持点のあいだにある体節を持ち上げる活動です。閉鎖性運動連鎖(closed kinetic chain)に分類され、床に近い側の筋群が主に働きます。
臨床で注意したいのは代償です。例えば臀筋の強化を狙ってブリッジを処方しても、腰部背筋や大腿直筋のシナジーで代償されることがあります。この場合は骨盤が前傾しやすくなるため、狙った筋が本当に働いているかを触診で確認することが重要です。
5. ダイナミックスタビリゼーション(Dynamic Stabilization)
重力に逆らって姿勢を保持し続けるための筋活動です。理想的な立位では重心線が胸椎の前方を通るため、脊柱には屈曲方向の応力がかかり続けており、脊柱起立筋がこれに対抗してアライメントを保っています。
役割は、活動にともなう外乱や床反力の影響を吸収し、安定性を確保することです。体幹の機能を捉えるときは胸郭と骨盤の相互関係が要になります。胸郭を安定させた状態での骨盤の運動、胸郭のわずかな回旋——こうした分離した動きが、体幹のダイナミックスタビリゼーションを引き出す手がかりになります。
6. バランス活動——カウンターウエイト・カウンターアクティビティ・カウンタームーブメント
重心が移動するとき、身体は倒れないために釣り合いを取ります。FBLではこの平衡反応を、体節の重さで釣り合いを取るカウンターウエイト(Counter Weight)、筋活動で釣り合いを取るカウンターアクティビティ(Counter Activity)、そして反対方向への動きで釣り合いを取るカウンタームーブメント(Counter Movement)として捉えます。
3つは「その瞬間、釣り合いを何が作っているか」で見分けます。変位した体節の重さが支えているならCW、見た目の動きなしに筋の張りがこらえているならCA、同時に進行する逆方向の動きそのものが釣り合いを作っているならCMです。お辞儀で体幹の前傾と同時に殿部が後ろへ引けるのはCM(主動作に組み込まれた逆方向運動)、側方リーチで対側の腕が持ち上がって重りとして働くのはCW(主動作とは別の体節を分銅として使う)、電車の揺れに見た目は動かず耐えるのはCAです。なお3つは連続してもいて、逆方向へ動いた体節(CM)は、動き終えたあともその重さで釣り合いを支え続けます(CWへの移行)。
側方へのリーチアウトのような動作では、体幹のダイナミックスタビリゼーションと、動かさない側の四肢のパーキングファンクションが釣り合いの土台になります。
ここで、ダイナミックスタビリゼーションとバランス活動の関係を整理しておきます。同じ筋が両方を担うことも多いのですが、制御している対象が違います。前者が守るのは体節の配列(アライメント)、後者が守るのは重心の釣り合いです。リーチで体幹が側屈して潰れるなら配列の問題(ダイナミックスタビリゼーション)、配列は保てているのに倒れそうになるなら釣り合いの問題(バランス活動)——と切り分けると、介入のターゲットが明確になります。

片麻痺の動作分析への応用
6つの概念は、片麻痺の動作を「どこで連鎖が途切れているか」という視点で読み解く道具になります。
- 端座位:骨盤後傾の非対称姿勢では、下肢が支持機能へ移行できない(パーキングファンクションの問題)
- リーチアウト:麻痺側の上下肢がカウンターウエイトとして働きにくく、さらに非麻痺側の支持機能も不十分なことがあり、平衡の土台が二重に損なわれる
- 立ち上がりや移乗:どの体節が支持で、どの体節がテンタクルなのかを分解すると、介助や練習で「どこを補い、どこを引き出すか」が明確になる
「麻痺があるから動けない」ではなく、どの機能の連鎖が途切れているのかを特定する——FBLの概念は、その特定のための語彙を与えてくれます。
臨床の要点
- 動作を体節と機能に分解する——頭部・胸郭・骨盤・上肢・下肢のそれぞれが、いま支持なのかテンタクルなのかを言葉にする
- 準備を評価する——動き出す前の筋緊張(パーキングファンクション)が整っているか。外見のアライメントだけで判断しない
- 代償を触診で確かめる——ブリッジなどの課題では、狙った筋の活動を手で確認する
- 釣り合いの取り方を観察する——重さで取っているか(CW)、筋活動で取っているか(CA)、動きで取っているか(CM)
まとめ
- 機能的運動学(FBL)は、スイスの理学療法士クライン・フォーゲルバッハが健常動作の観察から築いた、動作分析の理論体系
- 身体を5つの体節(頭部・胸郭・骨盤・上肢・下肢)に分け、各体節の役割と連鎖を観察する
- 6つの基本概念——支持機能・パーキングファンクション・テンタクル活動・ブリッジ活動・ダイナミックスタビリゼーション・バランス活動(CW・CA・CM)——が観察の道具になる
- ダイナミックスタビリゼーションが守るのは配列、バランス活動が守るのは釣り合い。同じ筋が担っても制御対象が違う
- 片麻痺の動作分析では、どの機能の連鎖が途切れているかを特定する語彙として使える
参考文献
佐藤房郎:中枢神経障害領域患者の動作の見方. 理学療法の歩み 27(1):8-16, 2016
冨田昌夫:クラインフォーゲルバッハの運動学. 理学療法学 21(8):571-575, 1994
Klein-Vogelbach S: Functional Kinetics: Observing, Analyzing, and Teaching Human Movement. Springer, 1990
クライン・フォーゲルバッハ S(野澤絵奈 訳):機能的運動療法 基礎編(クラインフォーゲルバッハのリハビリテーション). 丸善出版, 2009
※本記事は一般的な情報提供を目的としており、医療行為ではありません。体調に不安がある方や、具体的なリハビリの方法についてのご相談は、主治医または専門家にご相談ください。


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