ロシアの運動生理学者ニコライ・ベルンシュタイン(Nicholai A. Bernstein)は、運動制御のメカニズムについて独自の視点を提唱しました。彼は、運動制御が単にバイオメカニクス的に規定されるものではなく、運動の自由度問題に取り組む中で、動作が知覚に根ざしていることを提言しました。この視点に基づき、彼の著書「On Dexterity and its Development」では、運動技能の発達における「巧みさ」の背景に、4つの異なるレベルが作用していることが示されています。運動技能の獲得には、特殊な感覚作用と調整にあり、感覚と運動を一体にする協応の概念を定着させ、運動の自由度は自己組織的に制御されるとする現代の理論にも大きな影響を与えています。
1. レベルA: 緊張(Tone)のレベル
このレベルでは、体幹と頸部の動的平衡を保証し、姿勢を安定させる役割を果たします。具体的には、脊柱と四肢の支持機能や相反神経支配に関与し、身体の基本的な姿勢を維持するために必要な緊張を調整します。脊髄・延髄レベルで中枢神経系が関与しており、これらの活動は主に無意識的に行われます。評価としては、姿勢の観察や深部腱反射、病的反射、筋緊張などの神経症候学的検査が用いられ、トレーニングではコアマッスルトレーニングやマッスルインバランスの修正手技が適用されます。
2. レベルB: 筋-関節リンク(Synergy)のレベル
このレベルでは、動作に必要な四肢の運動と、それに伴う体幹機能の調整を通じて、動作のリズムを制御します。半随意的・半意識的な運動が特徴であり、運動学習を通じて自動化されます。バイオメカニクス的な制御により運動の自由度が規定され、感覚調整によって全身的なシナジーが制御されます。この過程では、視床の役割が重要であり、身体に注意を払うことで運動学習が進行します。評価では姿勢や運動パターンの分析、感覚テストが行われ、介入では全身的な運動連鎖の改善を目指した促通手技が使用されます。
3. レベルC: 空間(Orientation)のレベル
このレベルでは、環境との関わりを通じて、広さや距離、角度、方向を知覚し、それに基づいた運動を行います。主に、歩行や走行といった周期的活動や、幅跳びやリーチなどの非周期的活動が含まれます。これらの動作は、姿勢定位に必要な知覚運動連関に関する連合野などの中枢神経系が制御を担います。このレベルでは、多様性や柔軟性、機動性が求められ、評価としては基本動作や歩行の分析、バランステストが行われ、介入では動作指導や姿勢定位を改善する運動課題が実施されます。
4. レベルD: 行為(Dexterity)のレベル
このレベルは、連鎖的・連続的な活動を通じて、新たな課題を解決しながら行動が展開されることを指します。行為の制御には、直接的な感覚だけでなく、概念や観念が関与し、皮質(高次脳機能)が重要な役割を果たします。レベルA~Cの活動は対称的ですが、このレベルでは非対称的な動作が顕著に現れ、評価では動作分析が、介入では課題指向型アプローチが適用されます。
背景レベルと運動発達
ベルンシュタインの背景レベルの概念は、乳児の運動発達過程にも当てはめられます。例えば、緊張性頸反射や陽性支持反応などの原始的な姿勢反射とジェネラルムーブメント(GM)は、運動パターンの基盤を形成し、体軸形成や四肢の運動連鎖の構築に寄与します。GMは、カオスティックな四肢運動から、滑らかな回転運動に変化し、寝返りができるようになると消失します。このように、初期のGMはレベルAに対応し、後期のGMはレベルBに移行し、自力で移動できるようになるとレベルCへと進展していくと考えられます。
まとめ
ベルンシュタインの動作の背景レベルの概念は、運動制御の理解において重要な視点を提供します。彼の理論は、運動学やリハビリテーションの分野において、患者の運動能力の評価や治療計画の策定において大きな影響を与えています。これらのレベルを理解し、適切に応用することで、より効果的な治療や運動指導が可能となるでしょう。
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